研究内容

スピン軌道結合の物理 --- 物質の相対論効果

スピン軌道結合は相対論的量子力学から導き出される効果で,物質中では電子の持つ磁気モーメントの大きさを大幅に変調します.この物質における相対論効果は,実験的にはゼーマン分裂とサイクロトロンエネルギーの比(ZC比)により特徴付けられると考えられてはいましたが,その複雑さのため,精巧な理論研究は行われないまま現代に至りました.実際,ビスマスの大きく違法的な磁気モーメントについての実験効果は半世紀以上にわたり十分な説明が与えられていませんでした.

我々は,フランスの実験グループと協働して,この長年の問題を解明することに初めて成功しました.さらに我々研究チームは,ビスマスの相対論効果に関する新しい実験を行い,その結果も同一理論で説明できることを示しました.本研究結果は,ビスマスでの象徴的な事例にとどまらず,トポロジカル絶縁体やスピントロニクス材料を含む相対論効果が主要な役割を果たす物質系の研究に新たな方向性をもたらすものです.

また,物質の相対論効果を一貫した手続きのもとで評価できる手段として,前述のZC比の原理を明らかにしたことにより,これまで困難とされてきた物質の相対論効果を定量的に評価する新しい測定方法の道が開かれました.

Bismuth

スピン軌道結合のイメージ.原子核の環状電流が作る磁場と電子スピンが結合する.
(あくまでも古典物理学による理解.正確には相対論的量子力学によって理解されます.)



ディラック電子を用いた新しいスピントロニクスの開拓

 現代文明の礎となる全てのエレクトロニクスで障害となるのが,電流の発生に伴うジュール熱です.これによりエネルギー散逸がおき,省エネルギー化はもちろん,素子の小型化や高性能化を阻止しています.この問題を解決する新しいアプローチとして,スピン流(磁石の最小要素「スピン」の流れ)を利用する方法が注目されています.もし電流を一切流さず,スピン流のみを生成することが叶えば,ジュール熱を発生することもなく,エネルギーの損失なしに情報を伝達でき,究極の省エネ素子を手に入れることができます.  ただしこのエネルギー損失のないスピン流を安定に生成することが難しく,世界中の研究者が様々な方法を試みています.我々は,固体中のディラック電子を用いれば,従来のスピン流に比べ100倍ほども大きなスピン流を生成できる新原理を世界に先駆け発見しました.現在,このディラック電子を用いた新しいスピントロニクスを理論的に研究しています.

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相対論的量子力学におけるディラック方程式



ディラック電子とは

 相対論的量子力学において登場する粒子で,元来は素粒子論など高エネルギー物理で論じられるものです.しかしビスマスやグラフェンなど,一部の物質ではそのディラック電子と同じ性質の電子が低エネルギー領域(室温以下)で固体中に現れます.これを「固体中のディラック電子」と呼んでいます.この分野は最近急展開を見せており,世界的に活発な研究が繰り広げられています.上述のディラック電子を用いた新しいスピントロニクスも,こうした世界的潮流の中で発見しました.

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ビスマス結晶

Genom

ビスマス中ディラック電子の“ゲノム”を解読



新しい超伝導機構の提唱

 電気抵抗が突如ゼロになる超伝導現象は,応用上極めて重要な物理現象です.ただし今のところ低温でしか実現できず,室温でも実現する超伝導体の発見は物性物理研究者共通の夢です.我々は室温超伝導に少しでも近づくため,より高温で超伝導が実現する,新しい超伝導機構を理論的に研究しています.これまでにも,エキシトニックゆらぎ超伝導・臨界スピンゆらぎによる奇振動数超伝導など,様々な超伝導機構を提唱してきました.現在も,さらに室温超伝導に近づくための,新しい超伝導機構を研究中です.

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エキシトニックゆらぎを表すファインマン・ダイヤグラム